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「硫黄島からの手紙」、戦争映画の大傑作

2006/12/12 12:07

 

私はかなり劣悪な三流テレビドラマでも結構よく泣いてしまう。少し涙腺が少しゆるいようだ。ところが「硫黄島からの手紙」に私は最後まで涙しなかった。泣くことを期待してこの映画をみに行くと肩透かしを食らうかもしれない。涙だけなら凡作「硫黄島 戦場の郵便配達(先日フジテレビが放送)」のほうが泣けた。

映画館で観る戦争映画は臨場感がありすぎ、緊迫感・恐怖感から泣いているひまがないということもある。

映画をみ終わった直後は、感情のもって行き場がなくただひたすら不条理感を味わい続けるしかなかった。「不条理だ」「不条理だ」「不条理だ」と心の中で繰り返し続けた。

硫黄島からの手紙」はお涙ちょうだい映画ではない。だが完成度がきわめて高い映画だった。戦場を生々しくリアルに描写しながら、表現には清潔感と品格があった。日本軍の負の部分にもかなり踏み込んでいた。だが表現にいやらしさがなかった。イーストウッド監督の人間力のようなものを感じた。

「西部戦線異常なし」にはじまり、戦争映画に傑作は多い。それでもこの映画は戦争映画の五指に入るような歴史的傑作だと思う。個人的には「西部戦線異状なし」と「地獄の黙示録」と「硫黄島からの手紙」が新ベスト3だ。「戦場にかける橋」より「硫黄島からの手紙」のほうが私は格上だと思う。

クリント・イーストウッドの映像表現は彼のルックスの印象そのものでハードボイルドである。表現対象を突き放した感じがする。あまり感情移入することなくドキュメンタリータッチで淡々と事実を追っていく。かわいた感じ、時に枯れた感じがする。その結果観客も特定の人物に感情移入しすぎることなく、客観的視点で映画を見続けることになる。このことは映画に深くのめり込めないという短所もあるが一つの視点からではなく複眼的にこの映画、この戦争を見てもらいたいという監督の強いメッセージでもあろう。

映像の画質は極端に色を抑えている。かつてスピルバーグがノルマンディ上陸作戦を描いた「プライベートライアン」もいぶし銀のような色合いだったが「硫黄島からの手紙」はさらに色を抑えほとんどモノクロ映画に近い色調である。しかしノスタルジックなセピア色とは全然違う。硫黄島の青い空、青い海は実は楽園の如くだが、それらを抑制し寂寥感すら漂う沈鬱な映像は兵士の心象風景なのだろう。

日本の表現者、特に日本の映画監督はこの映画をみて自らに恥じ入っているのではないだろうか。クリント・イーストウッドがほとんど思いつきで作った映画であるにもかかわらず、日本の戦争をこれほど冷静、冷徹にしかも深く切り込んだ作品はなかった。本来日本人がやるべきことを外国人にやられてしまった。

日本の戦争映画は回想シーンだらけである。むしろ戦闘シーンは脇役で回想シーンこそが主役である。結果、戦争映画なのに女優や子役の出番がたいへん多かったりする。私はこのことこそが日本の戦争映画を甘っちょろいものにしてしまっている元凶だと思う。日本人は戦争に真正面から向き合おうとしない。日本映画は天皇陛下への思い、愛国心、公共心、仲間との団結力みたいなものはわざと描かず、戦う動機を家族愛のみに矮小化させていく。当時の事実を黒く塗りつぶし、今の観客に受ける気分だけで映画を作っている。
女、子供の出番を多くしないと戦争映画は女性観客の動員が期待できなくなり興行が厳しくなるという製作者、興行主の意向も強く働いているのだろう。

硫黄島からの手紙」は回想シーンを極力抑えている。日本映画ならば栗林中将の妻と子は必ず出演させるだろうがこの映画には登場しない。非力な日本の戦争映画のアンチテーゼのような作風である。

映画は徹底的に硫黄島で日本軍に起ったことのみに集中して描いていく。戦争の現場主義である。戦場の現場の描写にほとんど特化している。しかしそのことが逆に戦争というものの本質、何か普遍的なものを観客に問いかけてくる。いや、突きつけてくる。
この作品は「戦争反対!平和が一番」的な日本の戦争映画につきものの安っぽくしかも薄っぺらな説教臭は全くしない。映画は陳腐なセリフを登場人物に語らせるようなこともしない。事実に近いであろう描写をたたみ込むように積み上げていくだけである。そしてそれをそれぞれ映画をみる人が考え感じて欲しいというある種の潔さがある。この映画に品格を感じる所以である。

観客が感情移入できる役柄は渡辺謙演じる栗林中将、元パン屋の二宮和也、オリンピック馬術金メダルのバロン西中佐を演じる伊原剛志、憲兵くずれの加瀬亮の4人だろう。
前評判では渡辺謙二宮和也が絶賛の嵐だが伊原剛志と加瀬亮もなかなかいい。伊原剛志演じるバロン西は映画の中でもっともかっこいい役である。バロンとは男爵のことである。貴族階級の将校で「大いなる幻影」を彷彿とさせるような人物だ。欧米人好みの武士道の体現者が彼である。加瀬亮演じる兵士には感情移入しているという自覚症状はなかったが彼が撃たれるとき自分が撃たれるような恐怖をおぼえ、彼の死体を見たとき自分の死体を見ているようなショックがあった。

この映画に対する自分なりの不満も書いておく。

下っ端の兵卒クラスはいやいやながらしかたなく戦争をやっている風だったが日露戦争の時代ですら日本国民は当事者意識をもって戦っていた。このことこそが日本軍の最大の強みだった。二宮和也の役などは下っ端兵士のモラールは低いに違いないという米国風のステレオタイプの兵卒で、当時の日本兵の普通の感覚からはずれていたと思う。また将校クラスでも上官に反抗的すぎる者がたくさんいたがこれもいかにも米国風である。儒教社会の感性ではない。上下の指揮系統は米軍よりも日本軍のほうがむしろよく機能していたのではないだろうか。違和感を感じた。また硫黄島で日本軍は圧倒的な戦力差を36日間という長期にわたりよく戦ったのだが、ドラマはよく戦ったという感じが足りない気がした。映画をみる限り、戦闘開始から5日間程度で玉砕したとの印象を受けた。
私は映画・演劇のコアなファンだが私が不満に感じた部分は事実誤認からではなくドラマ演出上の要請からだろうという察しはつく。

比較的最近、アカデミー作品賞をとった戦争映画に「プラトーン」と「プライベートライアン」がある。戦場を仮想体験するようなバーチャル感覚ではこの2本のほうに軍配が上がるが、「硫黄島からの手紙」はこれら2本とは比較にならないほど多くの問題提起を含み高い境地に達している。ちなみに「プラトーン」と「プライベートライアン」においてはカメラの視点は主人公の視点であり、結果観客は主人公と一体化して戦争を体験していく構造になっていた。
案外、アカデミー賞は見識があるのでこの映画が字幕スーパーのハンディを乗り越え作品賞を受賞するのではないだろうか。この映画はスペクタクル大作だが娯楽作品ではない。この映画は芸術作品である。この映画を戦争映画の最高傑作という人がいたとしても私は不思議ではない。
ただし情感を大切にする日本人好みの語り口、演出方法とは対極に位置するような作品であることも事実である。流す涙の量だけで作品の価値を決めるタイプの人たちにはこの作品の真価は理解できないかもしれない。


カテゴリ: エンタメ  > 映画    フォルダ: 映画・TV・芸能・演劇

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コメント(6)

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2006/12/12 18:01

Commented by django06 さん

Temple様  こんにちは。

下記の感想全く同感です。前作米アカデミー賞受賞作「ミリオンダラー・ベービー」もそうでした。「尊厳死」というテーマを「どのように思うか?」と観客に対し静かに問いかけて来るのです。そこがクリント・イーストウッドの真骨頂といえましょう。「硫黄島からの手紙」この映画ホント傑作です。

>表現対象を突き放した感じがする。あまり感情移入することなくドキュメンタリータッチで淡々と事実を追っていく。渇いた感じ、時に枯れた感じがする。その結果観客も特定の人物に感情移入しすぎることなく、客観的視点で映画を見続>けることになる。

 
 

2006/12/12 20:33

Commented by temple さん

django06さん、こんばんは
私は残念なことに「ミリオンダラー・ベービー」をまだみておりません。しかし「許されざる者」は観ています。西部劇はさんざん見ていますがこの作品がオスカーに本当に値するのか多少疑問を感じていました。この作品は全然好きではありませんでした。

しかし「硫黄島からの手紙」はものすごく監督としての手腕の高さを感じました。ありていに言ってしまえばイーストウッドは日本人好みの演出家ではないと思いますが、しかし「硫黄島」はイーストウッドの長所が最もよく生きた作品ではないかと思います。

日本人が日本軍の戦場は実際にこんな感じだったんだろうなあと、はじめて納得できた映画ではないかと思います。

 
 

2006/12/13 00:22

Commented by kuronekosann さん

こんばんはtempleさん。

イーストウッドは私の大好きな俳優であり、また監督でもあります。
「父親たちの星条旗」も観ました。傑作だと思いましたね。
ハリウッド映画なんで、いつもの血まみれ映画にされるんじゃないかと危惧していましたが、ひじょうにクールな表現で、戦争の持つ非常さと不条理さを表現していて吃驚しました。

それと対になる作品なんですから、悪かろうはず無いと思っていますので、ぜひ観に行きたいと思っている作品です。

観たら、また感想を書きますね。

 
 

2006/12/13 15:13

Commented by temple さん

kuronekosannさん、こんにちは

イーストウッドがスターになるきっかけとなったセルジオ・レオーネのマカロニウエスタンはネオレアリズモの影響があり西部の街並みも本物風で小汚かったりします。(人もひげ面に汚れた服とマカロニウエスタンの登場人物はきたない)
硫黄島からの手紙」に硫黄島の漁民の集落が出てくるのですが、これがものすごくリアリティがあります。日本映画では小ぎれいないかにもセットといった感じばかりですが、こちらは貧しさ、生活臭も伝わってくるようなものでドキュメントフィルムをみているようでした。ディテールですがハリウッド恐るべしと思いました。

しかしダーティーハリーがこんな映画を撮るようになるとは夢にも思いませんでした。

 
 

2006/12/17 15:58

Commented by talken さん

お疲れ様でございます
本作はまだ見る時間がなく見ていませんが,templeさんのブログはいつも詳細なエントリーなので映画を見た気分になってしまいます.
アカデミー賞の「プライベートライアン」は結局DVDを買ってしまうくらい何度もみましたが,それと同じような目線で描かれているようなら,必見ですね.

 
 

2006/12/17 21:38

Commented by temple さん

talkenさん、こんばんは
私も「プライベートライアン」はビデオで持っています。かなり何度もみました。冒頭の迫力はテレビでみても凄まじいですね。映像のみならず音響の迫力も凄いですね。映画をみている時もみ終わった後の感じも「プライベートライアン」のほうが上かもしれないですね。エントリにも書きましたがこの映画は戦場を仮想体験しているような気分になりますからね。

硫黄島からの手紙」は家に帰り、冷静になり、偉そうに多少批評家風に思い直すと凄い傑作と思うような映画ですね。個人的にかつてみた映画で例えるなら「市民ケーン」なんかがこの系譜ですね。この映画より感動した映画は数え切れないほどありますが傑作映画をリストアップするならはずせないみたいな感じですね。
私にとって「硫黄島からの手紙」はそういう感じの映画でした。
米国は20日封切でまだ一般公開されていないのでほとんど具体的論評が出てきていませんが、これから異常なほど評価の高い論評が出てくると思います。批評家受けする映画の典型だと思いますね。

 
 
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映画「父親たちの星条旗|硫黄島からの手紙」〜世界場忘れてはいけない島がある。〜は、第2次大戦時の硫黄島の戦いを日米双方の視点から描く史上初の「硫黄島」映画を2本製作した。米俳優でアカデミー賞監督のクリ…

 

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硫黄島からの手紙 [Akira's VOICE]

 

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2006/12/12 12:42

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