本日の「SMAP×SMAP」にTOTOが出演していた。
私は衛生陶器のTOTOの本社がある九州の小倉に生まれ育ったが、TOTOがデビューした頃、バンド名はこのTOTOに由来しているといわれていた。ミュージックライフ誌のインタビューで、メンバーが実際にそう語っているのだが、本当はそうではないという説もある。
しかし本日のスマスマに出演していたTOTOのメンバーは、でぶっちょだらけだった。スティーヴ・ルカサーなんか、見事だった。
ベースはマーク・ポーカロではなく、初めてみるメンバーだったが、太っている上に長い白髭を生やしており、ZZトップかと思った。(ZZトップを知っている人は、もはや少ないか)
TOTOは今月末から東京で、ボズ・スキャッグスと一緒にライブを行うらしい。
古いウンチクだが、ザ・バンドはボブ・ディランのバックバンドからスタートし、イーグルスは、リンダ・ロンシュタットのバックバンドからスタートし、TOTOはボズ・スキャッグスのバックバンドからスタートしていた。
本日の番組で、デヴィッド・ペイチはボズ・スキャッグスのことをたしか盟友(原語は不明)と語っていたが、元々は上下関係があった。ただしCDの売上高や人気において、80年代以降、TOTOはボズ・スキャッグスを圧倒していたはずだ。
私はTOTOも普通に好きだが、ボズ・スキャッグスは、今にいたるもかなり好きだ。
ボズ・スキャッグスの世界的絶頂期は76年の「シルク・ディグリーズ」で全米アルバムチャートで最高位2位まで上がった。ボズの最も有名なナンバーである「ウイ・アー・オール・アローン」もこのアルバムの曲だった。(かつて「ソフト&メロウ」なる造語があった!)ただしおそらく日本だけだろうが、80年の「ミドルマン」で人気はさらに上昇した。このアルバム、当時私には全曲名曲に聴こえたが、全米ではたしか7位どまり程度に終わってしまった。
ボズ・スキャッグス好きの私は、実は彼の絶頂期以上に94年の「サム・チェンジ」や96年の「フェイド・イントゥ・ライト(元々日本だけの発売だった)」がもっと好きだったりする。「フェイド・イントゥ・ライト」は、「ロウダウン (Lowdown )」「ハーバー・ライツ(Harbor Lights)」「ウイ・アー・オール・アローン(
「フェイド・イントゥ・ライト」は、元々日本だけの発売だったが、2005年になってアメリカでも発売されたらしい。
このエントリーを書いているうち、ボズ・スキャッグスとTOTOのコンサート、だんだん観たくなってきた。
ボズ・スキャッグス「ウイ・アー・オール・アローン」。「フェイド・イントゥ・ライト」ヴァージョンに比べると、あまりクオリティが高くない。しかし現在YouTubeで視聴可能なこの曲の中では、この演奏がベストだと思う。
TOTO「アフリカ」ミュージックビデオ。中心メンバーだったドラムのジェフ・ポーカロは、92年に心臓発作で亡くなる。


by tororogohan
TBS『世界ふしぎ発見』、茶の…