1969年10月に発売された「レッド・ツェッペリンⅡ」はビートルズの「アビーロード」を蹴落とし、英米で共に1位に輝いた。アルバムの発表時期が重なっていたため起こったことでもあるが、象徴的な出来事としてたいへん有名なエピソードだった。ちなみに「アビー・ロード」を抜いて1位になったという伝説はキング・クリムゾンのデビュー・アルバム「キング・クリムゾンの宮殿」にもあった。昔からロックファンをやっている人なら聞いたことがあるだろう。だがキング・クリムゾンのほうにそういう事実はないらしい。
ジミー・ペイジは「3大ギタリスト」と呼ばれていた。ほかの2人はエリック・クラプトンとジェフ・ベックだ。偶然か必然か3人ともヤードバーズ出身者だった。エリック・クラプトンは「3大ギタリスト」とは別に「ギターの神様」とも呼ばれていた。ジミヘンはすでに死んでいたが「3大ギタリスト」や「ギターの神様」よりさらに上に位置しているという感覚が当時のロックファンの中にはあった。
しかし70年代、日本での人気は圧倒的にジミー・ペイジだった。ギブソン・レスポールを腰のあたりで弾くその姿はとにかくかっこよかった。
しかしツェッペリンが解散したあたりから、ジミー・ペイジは日本で下手なギタリストの象徴のように言われはじめた。そしてほぼ同じタイミングでドラマーのジョン・ボーナムはどんどん神格化されていった。
「結局ツェッペリン・サウンドを支えていたのはジョン・ボーナムだった」みたいな言われ方は今にいたるも続いている。
ジョン・ボーナムは間違いなくロック史上最強のドラマーだと思う。だがそれでもレッド・ツェッペリンの最重要メンバーはジミー・ペイジだったと思う。
レッド・ツェッペリンのアルバム・セールスはマイケル・ジャクソンの倍の規模なのだという。エルビス・プレスリー、ビートルズに次いで3位らしい。まったくといっていいほどヒット曲をもたないツェッペリンのアルバムがそれほどまでに売れているというのは意外な気もするし、世間はよくわかっているという気もする。ちなみに有名な「天国への階段」はシングルカットされていない。
ツェッペリンのアルバムは中学生の時分、全部そろえた。全作馴染み深いが、一番好きな作品はとなると自分でもよくわからない。それぞれの作品がまったく違う個性をもっているため比較が困難だ。ケルト風の音楽、英国のトラディショナル、中東風の音楽等ツェッペリンの音楽はワールド・ワイドで実に幅広かった。Ⅱから7枚目の「プレゼンス」までの6枚はどれも大好きだ。その中で特に好きな作品となると「プレゼンス」と5枚目の「聖なる館」か。うーん、「Ⅲ」と「フィジカル・グラフィティ」も捨てがたい。世間的に評価が高いのは「天国への階段」や「ロックン・ロール」が入っている4枚目とか「Ⅱ」とかファースト・アルバムあたりか。
「プレゼンス」1曲目の「アキレス・ラスト・スタンド」はハード・ロック、ヘヴィー・メタルの頂点に位置するパフォーマンスだろう。
80年代以降、ヘヴィ・メタルというジャンルが脚光を浴びたが、ガンズ・アンド・ローゼズにしろメタリカにしろ最良のヘヴィメタバンドも結局のところツェッペリンの足元にも及ばなかった。ツェッペリンのセールスがマイケル・ジャクソンより上というのは80年代、90年代もコンスタントにアルバムが売れ続けたということだろう。時が経つにしたがって、ツェッペリンは逆に評価をどんどん高めていった。
レッド・ツェッペリンが19年ぶりに再結成するという。いちおう歓迎だ。しかし死んだジョン・ボーナムの穴はいかんともしがたい。
ジミー・ペイジは1944年生まれなので御年63歳だ。期待しすぎるのはよそう。
1994年にジミー・ペイジとロバート・プラントがコンビを組んで「ノー・クオーター」というアルバムを発表した。ツェッペリン・ナンバーのセルフ・カバー集だったがツェッペリンのエスニックな音楽性を強調した作品だった。この作品を発表したさい、プロモーションで来日し、久米宏の「ニュース・ステーション」に出演した。そして何と番組内で「天国への階段」を演奏した。この曲はツェッペリンの最高傑作とされるが、解散後、ほとんど演奏されることがなかった。「ニュース・ステーション」での演奏はものすごくレアなものだった。
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by tororogohan
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