一昨日の放送は最終回前編なのだそうだ。最近あまりテレビドラマをみていないのでよくわからないが最終回を前編後編に分けるというのは常套手段なのだろうか。視聴率欲しさなのだろうが浅ましい手法である。
「華麗なる一族」はそれなりに期待してみていた。本物の最終回を待たずしていうのもなんだが、期待はずれだった。「白い巨塔」のようなスケール感がない。原作者の山崎豊子もこのドラマの出来には怒り心頭なのではないだろうか。
私は山崎豊子の小説を一本も読んでいない。テレビで「白い巨塔」と今回の「華麗なる一族」を見ているだけである。(「白い巨塔」は田宮二郎版もみている)この2本の作品を見て感じたのはこの作家は、清濁の濁、善悪の悪を描くのが実にうまいなということだ。山崎豊子の描く濁や悪は魅力的であり、人物にスケール感や陰影を与えている。さらにそれが作品自体にもスケール感や陰影を与えている。財前五郎や「白い巨塔」を念頭に浮かべながら書いている。
おそらく「華麗なる一族」の万俵大介も原作ではもっと魅力ある人物だったのではないか。
ところがTBSはよほどキムタクをいい人に仕立てあげたかったのだろう。単純にキムタク演じる鉄平を善、北大路欣也演じる大介を悪にしてしまった。山崎豊子の大人の世界を善悪二極構造の子供じみた世界にすり替えてしまった。その結果、本来小説の主人公だった大介はTBSによって国民的アイドルキムタクをいじめる悪親爺に成り果ててしまった。
北大路欣也のキャスティングまではよかった。しかしキムタクの鉄平を前面に出しすぎた演出方針が、山崎豊子の世界を破壊してしまった。大介の苦悩・葛藤がきちんと描かれなかったので、今繰り広げられている親子の闘争がいっこうに盛り上がらない。
TBSの「華麗なる一族」は山崎豊子の作品であることよりも、キムタクの作品であることを優先したのだろう。そしてそのことがこのドラマ失敗の最大の原因だろう。
TBSはドラマの演出が下手くそだ。ドラマにはサプライズ要素がいくつかあるのに、ドラマの本編では誰もサプライズしなかったのではないか。視聴者は予告しすぎる予告編でサプライズしているのだ。また将軍やじいさんの絵に象徴されるが伏線の張り方があまりにあざとい。
主人公が知らない事実を視聴者だけに種明かししてサスペンス効果を盛り上げる手法がある。ヒッチコックの「めまい」は典型で二人のキム・ノバクが同一人物であることを主人公のジェームス・スチュアートは知らないが観客には事前に種明かしてサスペンス効果を最大限に狙った。しかしTBSはサスペンス効果を狙って、サプライズを放棄したふうにはとても思えない。ただサプライズも中途半端、サスペンスも中途半端なドラマだった。
山崎豊子のドラマをみたがる層とNHK大河の視聴者はかなりバッティングするのではないだろうか。「功名が辻」は肩のこらない作品だったが、「風林火山」は重い作品だ。主人公の不潔な身なりをみているだけでも重い気分になる。大河を見てから「華麗なる一族」を見ると実質2時間にわたって重い話につき合わされることになる。「華麗なる一族」の視聴率が思ったほど伸びなかったことの原因は作品に力がなかったことが第一だろうが、大河とのバランスも少しはあったのではないか。
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by tororogohan
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